私には二人の母がいる。
ツル男の母である義母と、私を産み育ててくれた実母。
義母は愛情深い母性の人。
いつも自分のことよりも相手の気持ちを考えている。
妊娠を報告した当初、
「重い物は絶対持っちゃダメよ〜
自転車もダメよ〜ヒールもダメよ〜」と、
すごく心配してくれていた。
一週間ちょっと連絡をしなかったら「大丈夫?」って電話をくれたり。
手放しで大喜びするっていうよりは、
「今は流産しやすくてほんとに大切な時期だからね」と、
深刻な雰囲気で言われることが多かった。
そりゃあ初孫だからな〜気が気じゃないだろうな。
と思っていたけど実は、
「ツル子ちゃんずっと子どもをほしがっていたから、
ぬか喜びして、もしも流産したら
ショック受けて可哀想だなぁと思ってね〜」
と、私のことを気遣ってくれていてすごく嬉しかった。
私は最初っから何だか初めて会った気がしなくてすぐ好きになったし、
何よりツル男を最高にいい男(妻バカ)に育ててくれたことを感謝してる。
ツル男の優しさや強さの陰に、義母の影響を感じる時がよくある。
義母はツル男とツル妹をしょっちゅう
明治神宮の森や高尾山や多摩川に連れ出して、
自然の中で遊ばせてくれていたらしい。
東京の中で子どもを自然と触れ合わせるには、
田舎と違って親の努力が必要だ。
義母自身は出かけたがりではない人なのに、
子どものために努力してくれていたんだろうなと思う。
私もそうやって子どもを育てたいし、
義母にもまた同じように孫を連れ出してほしい。
うちの実母は苦労人。
高校生から親元を離れて看護士として自活して、
重度知的障害の息子(私の兄)の世話を今でもし続け、
障害者の施設で看護士としてボランティア同然で働いている。
人のために無償の愛で尽くすことをテーマとして生まれてきたような人。
その根性を私は尊敬している。
にもかかわらず永遠の少女でもある。
「こんな歳になっても子どもっぽくて恥ずかしい」って母は言うけど、
そこが母の魅力でもあるので、ありのままにキラキラしていてほしい。
懐妊報告すると義母とは対照的に、
「お母さんの時は妊娠しても走り回って働いてたし、
お兄ちゃんがいた時は目が離せなくて安静どころじゃなかったし、
布団の上げ下ろししたり陣痛が始まるまで床拭きしてたけど、
神経質にならなくてもちゃんと育ってるから大丈夫よ〜」
と、おおざっぱ(笑)
それはそれで頼もしくて安心できて嬉しかった。
結婚する時も海外に行くことが決まった時も、
「ツル子なら何があっても乗り越えて行けるから全然心配していない」と、
こっちが拍子抜けするくらい絶対的に信頼していてくれる母。
それは私の心の中に、耐震基準ばっちりの太い柱を建ててくれている。
親子って合わない部分もあるし、ぶつかることも多い存在だけど、
何がありがたいんだろうって考えてみた時、
この、絶対的信頼、絶対的愛情なんだと思う。
そんな風に思ってくれる存在はまず他にはありえないから、
だから親の存在ってありがたいんだと思う。
親を亡くした時に、心の支えをなくしたような気持ちになるんだと思う。
もう一つ最近思うのは、子どもの頃の人生って、
半分は親のために設定されてるんじゃないかってこと。
親元にいる時と離れた後で、
少なくとも私の人生はガラリと変わった。
私が子どもの頃多芸多才でいろんな方面で賞をとったり活躍したりしたのは、
兄の世話で苦労していた母へのご褒美だったのかもしれないと思う。
大人になってその頃の輝きはめっきり陰を潜め、
あれは何だったんだろうって残念に思うこともあったけど、
それは私自身の人生にシフトしたからで、
何も持たない無力な存在だからこそ、
自分自身の努力で物事を勝ち取っていかなきゃという感覚に変わって
やっと地に足が着いたと思っている。
それと、親元にいる間は病気やケガが多くて
しょっちゅう入院や通院を繰り返していた。
病気やケガの看病をしてくれる時は、
看護士の母が一番神々しく見える瞬間だったから、
その度に母の偉大さや愛情を感じることができたし、
母自身も存在意義を感じることができていたのではないかと思う。
大人になって、あの時が嘘のようにケロリと丈夫になった。
中学生の時に甲状腺機能亢進症(バセドウ病)が発覚し、
大学生くらいまで薬を飲んでいた。
歌手の絢香と同じ病気。
大人になって自覚症状もなくなったし、
ここ10年は検査をしていなかったが、母はずっと気にかけていた。
妊娠を期に産婦人科で血液検査をして、
値が正常値だったということを報告した時の
母の喜びっぷり、安堵っぷりが、予想以上に大きくて驚いた。
私自身は病気のことなんてすっかり忘れて生きていたのに、
母は我が子を守る親としての責任をどこかでずっと感じ続けていたのだろう。
やっと子どもを安全な場所に立たせることができた、よかった!
・・・みたいな安堵の気持ちに聞こえた。
やっぱりいつまでも母は母なのだなぁと思った。
ちなみに特別養護老人ホームに入っている祖母も、
どんなに頭や体の反応が鈍くなっても気持ちは母のままだ。
三人の息子を育てた90歳の祖母は、
「うちの息子達は親孝行だからありがたい」
「男の子どもはいいよ〜さっぱりしてて」
と今でも会いに行くと息子達の話をする。
そんな祖母に初ひ孫を見せてあげるのが今の私の願い。
母親達をそこまで母親たらしめるもの。
お腹の中に命を感じながら重ねる一日一日に始まって、
子育て中に子どもにかけた想いや時間の積み重ねが、
そこまでの愛着や責任感を作っていくのだろう。
子ども自身はその積み重ねをちっとも知らないけれど。
私も我が子のことを考えないことはない日々が積み重なっていっていて、
これからその何十倍もの時間が積み重なる。
おなかの中で子育てしている今は、
会えるのが待ち遠しくて長い日々だけど、
私自身の母性が育っていくためでもある大切な時期。
私もいつか、義母や実母や祖母のように、
本当の意味で「母」になるのだろう。